雪の予報があったので、気になり、早朝、ベランダに出てみると、太った小鳥が話しかけてきた。
「おう、冷し家冷蔵てのは、お前さんかい?」
ぼくに吃驚する間も与えず、この鳥は更にこう続けた。
「お前さんの書きかけの小説『鳩の恩返し』はいつになったら始まるんだい?」
小鳥は、テレパシーを使うらしかった。小鳥のくちばしはほとんど動かないし、ぼくの方を見ようともせず、天敵の来襲に備えているようで、あちらこちらを向いて実に落ち着きがない。
『鳩の恩返し』は、8年前に書いたファンタジーで、一部、天真山爛漫寺の住職、作務衣尊師との共作です。
埼玉県南部の森に住む修行僧が仕事の帰り道、一羽の子鳩の怪我を治してあげたことから、次々に起こる奇怪な現象を書いたものでした。
この朝、この目の前の太った小鳥に遭わなければ、生涯思い出さなかったに違いありません。
その小説にも、テレパシーを使う鳥が登場し、彼の修行僧の本性を明かしてゆく場面で、一応尻切れという形になっていたかと思います。
小鳥は、続けました。
「おう、いいか、小説てえものはな、始まったら、その中に登場する生き物も、建物も、自然も、時代も全部この世間とは別の世間で動くもんなんだよ。早え話が、あの話に出てくる鳩の王子は俺の親友だ。その親友が、このごろすることが無くて困ってやがんだ。どういうわけだって聞くてえと、この世界を作ったお前さんが、ちっとも続きを書かねえから、暇でどうしようもねえと、こう嘆きやがんのさ。」
小鳥は、かなりの早口で、たぶん柳家喬太郎師匠の声色を使っていると思われた。
ぼくは、いい加減に書いた小説(小説ファンからクレームが出そうな、小説ともいえないような駄文)が、その駄文の中で、いわば、別の宇宙を作っていたなどとはちっとも知らなかったし、それってホントかよと、疑ってもいました。
太った小鳥は、このマンションの隣にある緑泉寺の高い赤松の天辺で、カラスが一声するのにおびえたのか、
「止そう、また夢になるとイケねえ」と、落語芝浜のさげを言って、西の空へ羽音を残して消えてしまいました。
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あまりの空気の生温かさに気がつくと、ぼくは風呂に浸かりながら、読みかけの朝刊におでこをくっつけ、耳にヘッドホンをしたまま、喬太郎 師匠の落語を聞いていたのでした。毎朝の半身浴の最中で、ついうとうとして、小鳥の夢を見てしまったのでした。
太った小鳥は、緑泉寺から派遣された普賢菩薩の仮の姿でしょうか。
今までやり残した事を、いつまでもそのままにしてはいけないと、教えに来たのでしょうか。
確かに、ぼくの両親の亡くなった年齢を考慮すれば、ぼくの寿命はあと10年くらいです。
10年のうちにどれくらいのことが出来るのでしょう。
最後に落語『火焔太鼓』のさげ。
いや、反省(半鐘)はいけないよ、おじゃんになるから。